(1/2) から続く
Beyond「社会課題解決」
こうした文化芸術の枠組みから解放されたクリエイティブシティにおいては、従来の一獲千金を狙うスタートアップ(第1層)とも、社会課題解決を目指して立ち上がるスタートアップ(第2層)とも趣を異にする(少なくとも初動は)、自らの世界に没頭しオリジナルを生み出したいといった創造欲求に忠実に起業する第3層のスタートアップの存在が想定される。音楽で言うところのガレージパンクやテック分野におけるハッカーやギークの発祥に近い。この層の存在は先述した幸福論、「人が幸福と感じるのは、自分から積極的に行動を起こすこと」とも通ずる(MEZZANINE Vol.4 矢野和男氏インタビュー「ハピネス(幸福)」を人間理解の最上位に当てる(P30))。
カナダ・トロントでデータ駆動型スマートシティを計画中のグーグル姉妹会社サイドウォークラボ社の街づくりに対して、市民からは以下のような反対の声が上がっている。「私は社会的課題解決(Do-goody 企業)という官僚主義的な考え方を拒否します。度々開催されている市民交流会議は市民の声を集めるというより広報宣伝活動に過ぎません。そこは専門用語とエリート主義と特権に充ち満ちています。
(※トロント でのサイドウォークラボの計画は、2020.5.7に事実上の中止が発表となった)
第3層(アイディアを表出したくてたまらない層)が生きいきと暮らし働く街は、実現性を意識して、シティ=都市のレベルから局所的フォーカスを施し、「クリエイティブネイバーフッド」を単位としてみる。世界中には既にその端緒が生まれ始めている。これまで交わることのなかったイノベーション産業とクリエイティブ産業の所在地が、あるいは大規模ハイテク産業と狭義のクリエイティブ産業の集積地が交差し融合する事例が出始めている。
アイディアを表出したくてたまらない層が生きいきと暮らせる街「クリエイティブネイバーフッド」はプリミティブで欲望充足的で、だからこそ破壊力に満ちて、しかも万人が挑戦できる開かれた街である。そこは欲望充足的であるが故に、仕事と私事の境界が溶けて融合したワークライフ・インテグレーションの街である。
トロント大学教授のリチャードフロリダは2014年の論文「スタートアップシティ」で次のように述べている。
「テック系スタートアップ企業は今、都市シフトの傾向にある。すでにマンハッタン、ブルックリン、サンフランシスコのダウンタウン、サンタモニカはテック系産業の集積拠点となりつつある。これは新しい都市開発の傾向といえる。これまで長い間、大都市の中心部はベンチャーキャピタルのテリトリーであり、彼らが資金提供したテック系スタートアップ企業は、主にカリフォルニアのシリコンバレーやボストンのルート128コリドー、オースティンやシアトル郊外のキャンパス街を拠点としてきた。しかし近年、テック系企業やスタートアップ企業のオフィス開発、ベンチャー企業への投資活動はこぞって都心部にシフトし始めている。同様に従来の郊外キャンパス街もミクストユース、高密度、ウォーカブル化の傾向が見られる」
いよいよ、創造性という生への能動的活動の舞台が都市の界隈に集結し始めたと言えよう。フロー研究で知られる心理学者、ミハイ・チクセントミハイは著書「クリエイティビティ」(2016 世界思想社)の中でこう述べている。
「ある既存の領域で創造性を達成するためには、利用できる剰余の注意が必要だということである。これが、紀元前5世紀のギリシャ、15世紀のフィレンツェ、19世紀のパリといった創造的活動の中心地が、生存に必要なこと以上の学習や実験を人々に許す豊かな場所であった理由である。また、異なる文化の交差点、つまり、信念やライフスタイル、知識が混ざりあう場所であり、人々に発想の新たな結合の可能性を容易に感じさせる場所が、創造的活動の中心地となる傾向にあるということも真実のように思われる」
また、今号に寄稿いただいている、ベルリン在住のメディア美学者、武邑光裕氏は著書『ベルリン・都市・未来』(2018 太田出版)の中で、次のように述べている。
「都市の創造性を独占し、世界の都市経済を動かす人々を優遇することより、地元に住む市民の創造性を『解放』する政策こそ、欧州文化首都やクリエイティブ・シティの役割であるという議論が世界の潮流となってきたのだ」
クリエイティブネイバーフッドとは、没頭・衝突・変化をコモンセンスに、ラジカルな共創と異花受粉による連携進化をコモンウェルス(共通善)とした街である。そしてそこは、あらゆる挑戦する人に開かれた街である。
text:吹田良平
コメント